はじめに
こんにちは、草津会計士blogです。
NHK子会社の財務諸表を見ていると、少し違和感のある数字がありましたので今回取り上げてみたいと思います。タイトルにもある通り、今回のテーマは株式会社NHKエンタープライズの「賞与引当金」です。
会計監査で用いられる手法で一人当たりの賞与額を推定した結果、異常とも思える金額になりました。
NHKエンタープライズの賞与引当金
NHKエンタープライズとは
まず、NHKエンタープライズという会社の概要を簡単に記します。
NHKエンタープライズは日本放送協会(NHK)の子会社で、NHKの番組をはじめとする映像コンテンツの制作などを行っている会社です。ウェブサイトを見ると、「チコちゃんに叱られる!」などのバラエティや、ドラマ、アニメ、ドキュメンタリーなど番組制作を担当しているようです。
NHKの議決権割合は99%で、2019年3月期の売上高は591億円、そのうちNHKに対する売上高は481億円です。
簡単にまとめると、主にNHKの番組を制作しているNHKの子会社ということですね。
一人当たりの平均賞与額は460万円?
NHKエンタープライズはウェブサイト上で、事業報告書を公開しています。
その事業報告書を見ると、直近の2019年3月期の以下の情報が確認できます。
賞与引当金:9億500万円
NHKエンタープライズ ・ 会社概要
従業員数 :394名(+NHK出向者等120名)
この「賞与引当金」というのは、従業員に対する将来の賞与の支払いに備えて積み立てられている会計上の負債です。どの期間に対応する分なのかは賞与の規定によって変わりますが、 ボーナスの支払月が協会と同じ年2回(6月と12月)だとすれば、この金額は6月のボーナスに対して積み立てられている金額です。
つまり、賞与引当金の金額を従業員数で割ると、一人あたりの夏の賞与の平均額が算定できます。参考までに言うと、このように一人当たりの賞与を計算するのは、監査法人による会計監査などの現場でも実際に使われているやり方です。
そこで、NHKエンタープライズについて計算すると、一人当たり平均賞与額は230万円という結果になります。もし冬も同額だとすると、年間の一人当たり平均賞与は460万円です。
果たして、こんなことがあり得るのでしょうか。もしかしたらテレビ局では普通なのかもしれませんが、一般の感覚からすると異常に感じますよね。
前提とした条件の検証
ここは少し難しいので飛ばしてもらっても結構です。結論としては、年間賞与の平均を460万円と考えるのは合理的だが、前提条件が違っていれば280万円~550万円程度の可能性も考えられるということになります。
上記の金額の算定にあたっては、以下の前提条件を置いています。
- 支給対象期間は、10月~3月(6月支払分)、4月~9月(12月支払分)と仮定しています。もし6月支払分の対象期間が11月~4月であれば実際の額面金額は2割多いと見られます
- 社会保険の会社負担分は、賞与引当金に含まれていないと仮定しています。もし賞与引当金に含められている場合には、実際の額面金額は1~2割程度少ないと見られます。
- 出向者に対する賞与は、賞与引当金に含まれていないと仮定しています。もし賞与引当金に出向者賞与が含まれている場合には、夏の賞与の平均は176万円と算定されます。しかし、会計検査院の検査結果の中で以下のように書かれていることからも、出向者分の賞与は賞与引当金ではなく未払金などの勘定科目に含まれているのではないかと考えています。
出向者に対する具体的な給与、賞与、諸手当等の支給方法をみると、協会が出向者の給与を立て替えて出向者本人に直接支給し、社会保険料事業主負担分も協会が立て替えており、協会は毎月その経費を関連団体に請求し、当該関連団体は請求額を協会に支払っている。そして、出向者の支給水準等は、当該出向者の協会在籍時と同等の水準となっており、最終的には出向者の給与等に管理費を加えた額が協会から関連団体に支払われることとなっている。
第2 検査の結果 | 日本放送協会における関連団体の事業運営の状況に関する会計検査の結果について | 検査要請 | 会計検査院
不適切な会計処理の可能性も
一方で、賞与引当金が過大に見積もられている可能性も考えられます。
「引当金」というのは、期末時点で不確実な金額を見積もった際に出てくる勘定科目です。期末時点で実際に支払う賞与の金額がはっきりと決まっていない場合には、支払われると合理的に見積もった額が「賞与引当金」として計上されます。
このような見積もり項目は、決算数値を操作したい経営者に悪用される可能性が非常に高いものです。
たとえば、経営者が「当期の利益をもっと少なく見せたい」と考えていたとします。その場合、賞与引当金の見積もり額を意図的に増やすことにより当期の費用が増えますので、当期の利益を減らすことができます。「当期の利益をもっと少なく見せたい」というのは違和感があるかもしれませんが、利益が出ている会社の経営者はそのように考えることが多々あります。なぜかというと、予算を達成していれば一定の評価はされるので、将来に備えて利益を蓄えておいた方が得と考えるからです。もちろんこのように意図的に会計数値を歪めるのは不正経理です。
NHKの子会社の場合も、予算以上に利益が出てしまえば受信料の値下げをしなければならない可能性があります。そのため、経営者にとっては利益を一定水準以下に抑えたいという動機があると考えられるでしょう。
したがって、この賞与引当金の金額が異常に膨らんでいる理由は、経営者が賞与引当金の計算を適切に行っていないからという可能性もあります。
おわりに
今回は、NHKエンタープライズの賞与引当金について検証してみました。
従業員の賞与が実際に高いのか、あるいは不適切な会計処理が行われているのか、公表されている情報だけでは判断できませんが、いずれにしても違和感のある数字です。
その他の子会社も賞与引当金が多額に存在している子会社が多く見受けられます。 ちなみにNHK本体はというと、賞与引当金ではなく未払費用に含めているため、金額は分かりません(注:期末時点で金額が確定している場合は、会計上は未払費用となる)。
NHKの子会社の多くが受信料によって成り立っていることを考えると、NHKと同じ水準で経営の透明性が求められるべきでしょう。
最後までお読み頂きましてありがとうございました。
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