はじめに
こんにちは、草津会計士blog(@kkblog731)です。
今回は、NHK衛星放送の「受動受信」の問題についてまとめたいと思います。
受動受信の問題とは、簡単にいうと「衛星放送を受信するつもりがないのに、衛星契約の締結をしなければいけない」という問題です。BSアンテナが設置されているマンションなどに住んでいる方は、衛星放送を受信するつもりがなくても強制的に衛星契約になってしまいます。「BS放送なんて見てないし自分でアンテナを設置したわけでもないのに、なんで年間1万円も高い受信料を払わなきゃいけないんだ。」このような疑問を持っている方が数多くいるからこそ、 スクランブル化をすべきだという風潮が高まってきているのでしょう。
それでは、この問題に対してNHKや政府は今までどのような対応を取ってきたのでしょうか。公開されている政府の報告資料や国会の議事録を時系列で追ってみました。すると、受動受信の問題というのが、かなり根深い問題であることが分かりました。
衛星放送の受動受信の問題を巡る議論
総務省により開催された研究会の報告(2008年7月)
今から11年前の2008年に、総務省は「公平負担のための受信料体系の現状と課題に関する研究会」を開催しました。その最終報告書の中で、受動受信の問題も次のように取り上げられています。
このように、衛星受信料体系が直面する課題への対処として、衛星契約の地上契約との一本化や衛星放送のスクランブル化といった見直しを行うことには、現時点で様々な検討課題があり、いずれの方法も即座に導入することは困難と考えられる。一方、受信料の公平負担の状況が更に悪化していくことは避けなければならず、当面の措置として、これらの課題の解決に一定の効果を期待することのできる取組みを行うことも検討すべきである。
公平負担のための受信料体系の現状と課題に関する研究会 最終報告書
こうした立場に立てば、「受信環境の変化による意図しない衛星受信の取扱い」(課題①)ついては、現時点において可能な範囲に限定されるものではあるが、第一次報告書で提言したように、地上契約を継続することができるよう受信規約の改正等の適切な措置を講ずる場合には部分的な解決が可能であり、引き続き、NHKにおいて、実施可能な具体策が検討されるべきである。
少し難しいので要約すると、政府はNHKに対し「衛星放送を受信するつもりがない場合には地上契約を結ぶと規約で定めることも考えられる。NHKはこのような具体的な対策を取るべきだ」と言っているわけです。
研究会の取りまとめに対するNHKの意見(2007年10月)
それではNHKはこれに対してどのような対応をしているのでしょうか。
この最終報告書の公表前に、NHKは総務省に対してこのような意見を提出しています。
(3)衛星受信料体系について(「取りまとめ(案)36ページ~37ページ)
NHK INFORMATION 放送制度等に関するNHK意見
「取りまとめ(案)」では、「三波共用受信機を保有しているが地上契約であった受信者が、衛星放送を受信できる共同アンテナを備えたマンションに入居した場合でも、引き続き衛星放送を受信していないという受信実態に変化がない場合は、従前の地上契約を継続することができるよう、受信規約の改正等の適切な措置が講じられるべき」とされていますが、衛星放送を受信できる設備を設置した場合に衛星受信契約の締結が必要となるという原則は、今後も変わらないと考えます。
したがって、このような措置の導入は、原則に立ち返れば難しいものと考えますが、一方で、措置の対象として考えられている視聴者のご要望に実際にお応えすることができるのかどうか、NHKとしても、様々な観点からしっかりと検討していきたいと考えます。
措置の対象とならない視聴者へのご説明、措置の要件の明確性と措置の正しい理解の促進などの課題があり、NHKとしては、今のところ、措置の導入について確たる見通しを持ち合わせてはいませんが、視聴者の皆さまに、受信料制度の意義をご理解いただくようお願いするとともに、衛星放送の魅力を高める不断の努力をしていかなければならないと考えています。
つまり、NHKは「政府の出した案を導入することは難しいが、他の対応策が取れるか検討したい」という回答をしています。
総務委員会におけるNHKの答弁(2012年3月)
最終報告が出されてから4年後の2012年3月に、衆議院総務委員会でこの問題が取り上げられました。その時にはNHKの松本正之会長(当時)が、このように発言しています。
○塩川委員 自分は何も要望していないのに、施設側の方が変わったために衛星が受信できるようになって、衛星契約を求められる。そういう際には、そういった視聴者の方々に、地上契約のままでいいですよといった見直しをしたらどうですかという、こういった意見となっているわけですが、この点、NHKとしてはどのような検討をされたんでしょうか。
第180通常国会
○松本参考人 お答えいたします。
いわゆる受動受信につきまして、NHKとして、その解決の方向性ということで、衛星契約を地上契約と一本化するという形、あるいは衛星放送をスクランブル化する、あるいは転居などの住環境の変化によりまして衛星契約の対象となった方について地上契約を継続する、こういうような三つについて検討いたしました。しかしながら、いずれの方向性についても大きな課題がありまして、現時点ではこれらの選択肢はとり得ないのではないかというふうに考えております。
ただ、いわゆる受動受信が課題であるということは認識しておりまして、引き続き検討を進めていきたいというふうに考えていますけれども、制度的な解決に向けては課題が多くて、直ちに結論を出すことは困難な状況であるということを御理解いただきたいというふうに思います。
このように、4年経ってなおNHKは「受動受信が課題だとは認識しているが、ただちに結論を出すことは難しい。引き続き検討したい」と、結論を先延ばしにしています。
総務委員会におけるNHKの答弁(2018年3月)
その後しばらくは、NHKの予算承認決議の中で受動受信の問題に触れられることはありませんでしたが、最終報告書から10年後の2018年3月に、寺田学議員がNHKの上田良一会長(現職)に対し、同様の質問を行っています。
○寺田(学)委員 いや、質問に答えていただいてないんですが、それはもう三十年前のころ、三十年前にさかのぼらなくてもいいですよ、自分で選べましたよ。ただ、現状、自分で選べない、勝手に映ってしまう、いわゆる受動受信問題というものは今なお残っていると私は思っていますが、NHK側としての認識はどうですか。
第196回国会 総務委員会 第5号(平成30年3月22日(木曜日))
(中略)
○上田参考人 お答えいたします。
御本人が意図しない衛星放送の受信につきましては、設置の意思がないのに衛星契約が必要となるのは不合理であるとの御意見だ、こういうふうに理解いたしておりますが、一方で、現行の放送法に基づき、受信契約の締結をお願いすることもNHKとしての責務であるというふうに理解いたしております。
いわゆる受動受信につきましては、引き続き検討を進めてまいりたいと考えていますけれども、制度的な解決に向けては課題が多くて、直ちに結論を出すことは困難な状況であることを御理解いただきたいと思います。
このように、NHKは 「受動受信は結論を出すことは難しい。引き続き検討したい」 と回答しており、6年前の回答からほとんど変わっていません。変わったことと言えば、受動受信を「課題と認識」しているという文言が消えているため、むしろ後退しています。
これは、寺田議員も発言していますが、「制度上の問題なのでNHKとしてはお手上げ」と言っているとも考えられます。そうであれば、NHKに押し付けるのではなく政府が対応しなければいけない問題です。
総務省情報流通行政局の山田真貴子局長、野田聖子総務大臣の答弁はこのようになっています。
○寺田(学)委員 受動受信に関して検討されたのは、最後はいつぐらいになりますか。ちょっと私の勉強不足かもしれませんが、わかっていませんけれども、いつごろですか。
第196回国会 総務委員会 第5号(平成30年3月22日(木曜日))
○山田政府参考人 お答え申し上げます。
過去の経緯を申し上げますと、二十四年の九月にNHKに対して検討の要請をしております。それで、典型的な受動受信について類型を整理した上で、それらに対する取扱いの可否について検討するようにNHKに要請をしたところでございます。
それに対してNHKの方からは、二十五年の三月だというふうに承知しておりますが、相当程度の減収が見込まれることや運用面での困難性など、容易に解決のつかない課題が多くて、特例的な取扱いの実施は困難であるという回答がございまして、そういった経緯でございます。
○寺田(学)委員 説明を受けている限りって、五年間たなざらしじゃないですか。平成二十四年の話でしょう、それは。
野田大臣にお伺いしたいんですが、いや、NHKの言い分もわかるんです。放送法に書かれている以上、それは、映る環境にあるんだったら料金を徴収しなきゃいけないんだというのは一つの理屈だと思いますよ。どっちかに押しつけ合ったってしようがない話で、ひとつ、放送法を所管する総務省として、総務大臣としても、問題を認知しているのであれば、何かしらの対策を、抜本的な対策を立てるのか、抜本的な対策が立つまでの間、何かしら暫定的な措置を考えるのか、さまざまなことはしなきゃいけないと思うんです。
大臣に、この問題に関してのお考えをお伺いしたいと思います。
○野田国務大臣 私も、これまでの十年の経緯というのを見ていて、さまざまな、政権がかわっても、研究やいろいろ検討をしてくれていたというトレースは理解いたしましたが、残念ながら、その都度、研究会なりなんなりで出したものが実現できないという、その繰り返しだったと思っています。
これからも総務省としては、NHKの検討を踏まえて、必要があれば、制度面を含めて対応を行っていきたいと思っています。
お役所言葉を翻訳すれば、「NHKが何か言ってこなければ、対応する予定はない」といったところでしょうか。
この時の寺田議員の質疑応答は20分あり、上記はごく一部の抜粋です。受動受信問題についてご興味がある方は、ぜひ以下のリンクからご覧ください。(どういう巡りあわせか丸山穂高議員の名前もあるのが面白いですね)
- 衆議院インターネット審議中継(動画)
※「はじめから再生」を押した後に「寺田学」のリンクをクリック - 第196回国会 総務委員会 第5号(平成30年3月22日(木曜日))(議事録)
しかし、30年前にさかのぼると・・・
ここまで見てみると、この受動受信問題については総務省、NHKともに認識はしているものの、お互い責任を押し付けあっているためにこの10年間解決の糸口が見えていない状況に見えます。
しかし、衛星契約が開始された30年前にさかのぼると、全く違った状況が見えてきます。
逓信委員会におけるNHKの答弁(1989年3月)
次に引用するのは平成元年の参議院逓信委員会の答弁です。この国会で承認された計画をもとに、今の衛星契約と地上契約という枠組みができあがりました。その中で、平野清議員とNHKの小山森也理事の間で次のようなやりとりがされていました。
○平野清君 もう一つ、ついでにトラブルが起きそうなことを申し上げます。別におどかすわけじゃないんですが、衛星放送が有料化になります。先ほどもマンションや何かで共同で見ていらっしゃる方がある。そうすると、今チューナー内蔵型のテレビがありますね。それで引っ越してきて、コンセントにテレビが見られるように差し込む、そうしますと、自動的に衛星放送はチャンネル五なり九なりを押せば映るということになります。それで、本人は知りませんから、普通のチャンネルしか見ていない。それで、ここの共同アンテナの方には全部それが入っているんだから、当然見ているはずだということで、この衛星料金を、強制ということもないでしょうけれども、お払いくださいといった場合にいろんなトラブルが起きてくると思うんです。(中略)そういうトラブルだって起きる。それが議員会館ならいろんなことで片がつくかもしれません。だけれども、大きなマンションや新しく建つマンションでそういうことが起きかねないと思うんです。どうしますか。
国会会議録検索システム 第114回国会参議院逓信委員会 平成1年3月28日
○参考人(小山森也君) 私どもの基本的な考えは、いわゆる受信料というのは、先ほどの消費税がありましても、基本的に負担金であるということに変わりはないという理解でおりますので、そういった有権解釈のもとに衛星放送をごらんいただける受信機がある方からは衛星受信料はいただくという基本でございます。
このように、実は受動受信の問題は、30年前の衛星契約が始まるときから予見されていたのです。
しかし、それに対するNHKの小山理事の回答は驚くべきものです。「そのような問題が起きることは分かっているが、法に基づいてしっかり受信料はもらいますよ」と言っているようにすら聞こえます。
もしかしてNHKは初めから、今のような状況になることが分かっていたのでしょうか。
NHKは受信料を増やすために、衛星契約を新設し対象者を強制的に増やしていく計画を立てていたのかもしれません。そして現在に至るまで、それが計画通りに実行されてきたと考えることはできないでしょうか。
もしそうだとすれば、衛星放送というのは、国民の利益のためではなくNHKの私腹を肥やすためだけに行われている事業だということになってしまいます。
おわりに
このように、過去の議論を振り返ってみることで、受動受信問題に対するNHKの考え方が少し整理できてきたかと思います。
30年前に衛星契約を始めた時にNHKがどのような考えを持っていたのか、はっきりとしたことは分かりません。好意的に捉えるなら、将来的に衛星放送だけに一本化されるというビジョンを立ていたため、強引にでも衛星契約を増やしていかなければと考えていたのかもしれません。
しかしいずれにせよ、現在の状況でこの受動受信の問題を放置していることは、国民に対して不利益を生じさせ続けるということにほかなりません。NHKも政府も、一刻も早く対策を講じるべきではないでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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