NHKが受信料の1.8倍の価値を生み出しているという主張。怪しすぎる指標を検証

NHKの受信料の問題
スポンサーリンク

はじめに

前回の記事「NHKは受信料の1.8倍の価値を生み出す超優良企業?NHKが公表する指標「VFM」を調べてみた」では、「VFM」というNHKの生み出す価値を表す指標を取り上げ、VFMが具体的にどのように算定されているのかをお伝えしました。

今回は、このVFMがNHKの経営の良否を判断する上で信頼できるものなのかということを考えてみたいと思います。

NHKが生み出す価値の考え方は妥当なのか

まずは、NHKの生み出した価値」の考え方が妥当なのかを考えてみます。

NHKは、「NHKが生み出した価値」を視聴者に示すためにVFM(Value for Money)という指標を公表しています。VFMとは、視聴者全体がNHKの放送に支払ってもいいと考える金額(支払意思額の合計)が、事業コストの何倍かを表したものです。このVFMは直近の2018年度では1.81という高い数値になっており、NHKが事業コスト以上の価値を生み出していることを示しています。

しかしNHKの本当の価値というのは、視聴者全体がNHKの放送に支払ってもいいと考える金額の合計なのでしょうか。むしろ、衛星放送などの公共性の低いサービスについては、スクランブル放送に切り替えた時に想定される収入額が、NHKの正しい価値を表していると考えるべきではないでしょうか。

どういうことなのか、具体的な数字を使って説明します。

f:id:kkblog731:20190826062339p:plain
上の表は、衛星放送の生み出す価値を簡易的に計算したものです。「支払意思額」と「人数」は、NHKの衛星放送を見るために支払う意思がある金額とその人数を表しており、平成27年度1月に実施したアンケート結果(*1)に基づいています。

VFMの考え方は、支払意思額を単純合算したものがNHKの生み出す価値を表すという考え方をしています。この例では、支払ってもいい金額が1000円の人に1000円の価値を、500円の人には500円の価値をそれぞれ提供しているということです。それらを全て合計すると、972人に対して合計100万円の価値を提供しているということになりますので、衛星放送の事業コスト90万3千円に対して1.1倍の価値を生み出しているという結果になります。

一方で、スクランブル放送などの契約形態をとった場合に得られる収入額がNHKの生み出す価値を表すという考え方をしてみます。この例では、利用料金を1000円にした時には、1000円以上払ってもいいと答えた人542人が契約し、最も高い収入額として合計54万2千円が獲得できます。この金額を衛星放送の価値と考えると、事業コストに対して0.6倍の価値を生み出しているという結果になります。

このように、支払意思額を単純に合算した場合は事業コストよりも価値を生み出している結果になる一方で、想定される収入額は事業コストの半分程度しかない結果になってしまいます。

NHKは全ての番組が公共性の高いとの立場に立っているものと思われますので、その立場に立てば、前者の方法で出した数値がNHKの生み出す価値と考えることはできるかもしれません。

しかし、衛星放送はそもそも全ての国民に届けることが前提とはなっておらず、番組内容などを見ても、公共の福祉(社会全体の共通の利益)のためというよりは番組を見たい人のための娯楽的な側面が強いと考えられます。そのような考え方に立てば、後者の方法で出した数値がNHKの生み出す価値と考える方が合理的だとは考えられないでしょうか。

一つ興味深いのは、このアンケート結果を出すことで、スクランブル放送にすると衛星放送が成り立たないことをNHKが自ら証明してしまっているということです。つまり、先ほどの例では利用料金を1000円と設定した時が最も収入額が多いのですが、それでも収入額は事業コストの60%にまで下がってしまいます。つまり、スクランブル放送を実施すると、コストを現在の60%程度まで削減しないと赤字になってしまうということです。

もう少し詳しく知りたいという方は、以前の記事【第1回】スクランブル放送で「確実に」ぶっ壊れる!NHK崩壊の恐ろしいシナリオをご覧ください。

アンケート調査の方法は妥当なのか

次に、アンケート調査の方法は妥当なのかについて検討してみたいと思います。

前回の記事でご紹介したアンケート調査の方法を要約すると以下のようになります。

  • 無作為で選んだ16歳以上の男女3600人に対して面接法または訪問留置法によってアンケートを行い、「NHKの放送を見るために〇〇円支払いますか」という質問を段階的に3回することによって個人の支払意思額を割り出す。

この調査方法には、2つの問題点があると考えられます。

一つ目の問題点は、回答額が実際に支払う金額と異なってしまう可能性があることです。

仮にあなたがアンケートの回答者になったつもりで、次のように質問される場面を想像してみてください。

あなたはNHKの衛星放送を視聴するために月々1000円払いますか?

月々1000円というのは、現在の衛星放送の受信料とほぼ同額です。今の料金に納得していれば「はい」と答え、納得していなければ「いいえ」と答えるでしょう。

「いいえ」と答えた場合、次にこのように質問されます。

それでは500円ではいかがですか?

「はい」と答えそうになった方は、一度「今自分は、NHKのBS放送をどれだけ見ているだろうか」と自問してみてください。もしBS放送を普段ほとんど見ていない人なら、500円どころか100円払っても見ないと答えるのが合理的です。しかし、先ほどのように質問された場合、「はい」と答えてしまう可能性が高くなってしまいます。なぜかというと、最初に「現在の受信料の1000円」という情報を見せられているため、無意識のうちにその金額と比較して割安感を感じてしまうからです。

このように、先に与えられた情報が判断を歪めてしまうことを、行動経済学ではアンカリングと呼ばれています。

また、国土交通省が出している「仮想的市場評価法(CVM)適用の指針(*2)」でも、以下のようにバイアス(偏り)が発生する恐れがあると書かれています。

 支払提示額とは、回答者に支払意思額を尋ねる際に調査票に示す金額のことである。
回答者の支払意思額と、調査票に記載する支払提示額の間に大きな差があると、支払意思額の推定結果にバイアスが発生する恐れがある。
特に二項選択方式では、回答者に金額を提示して回答を得るため、支払提示額の設定に当たっては、あらかじめ支払意思額の回答の幅を予想しておき、それを踏まえて、最大提示額、最小提示額、提示額の段階数を設定する必要がある。

二つ目の問題点は、 調査が中立の立場から実施されているかが不明確な点です。

このVFMはNHKの業務報告書で公表される指標ですから、NHKの上の立場の人間であれば当然気にかけている数字だと思います。アンケート調査は「面接法または訪問留置法」により実施されているとのことですが、調査員がNHK職員だった場合には、アンケート結果をよくしたいという気持ちや上からの圧力が働くことが考えられます。

そのため、都合のいい回答が得られるように調査員が働きかけるおそれも十分に考えれます。具体的には、先ほどの例で「1000円を支払わない」と答えた人に対して、衛星料金の現在の値段を提示するなどして考え直すように促せば、結果を歪めてしまうことができますよね。

また、アンケート結果の捏造(ねつぞう)や改ざんのおそれもあります。実際に2018年にも、裁量労働制の労働者が一般の労働者より残業時間が少ないという厚生労働省のデータが、実は不自然に操作したものであることが明らかになり問題となったことは、皆さんの記憶にも新しいかと思います。

このように、回答者にかかるバイアスや調査の中立性などのおそれがあるため、調査結果が信頼できるとはいえないと思います。

おわりに

最後までお読み頂きましてありがとうございました。

NHKは、NHKが生み出す価値は事業コストの1.8倍であるとの指標を業務報告書の中で記載していますが、以上のような理由からその数値の信頼性には疑問があります。

この指標自体は、NHKの経営の効率性やサービスの価値を考える上で重要な意味を持っていると考えていますので、引き続き検証していきたいと思います。

記事の中でご紹介した行動経済学についてご興味がある方は、以下の本が読みやすくて参考になると思います。

参考文献

(*1) 総務省|放送を巡る諸課題に関する検討会|放送を巡る諸課題に関する検討会(第9回)配付資料

(*2) 「仮想的市場評価法(CVM)適用の指針」の策定について

コメント