はじめに
こんにちは、公認会計士の草津です。
前回の記事「NHKの正しいぶっ壊し方」第1回ースクランブル放送を実施すべきでない2つの理由では、スクランブル放送には二つの問題点があるため、スクランブル放送の実施は望ましくないということを書きました。
それでは、どのようにして「NHKをぶっ壊す」べきなのでしょうか。
結論から先に言うと、今のNHKの問題を解決するためには、民営化または分社化が適切な方法であるという風に考えています。
今回は、現在の放送法によるNHK制度の問題点に触れ、民営化と分社化にはそれぞれどのようなメリット・デメリットがあるのかをまとめました。
現在の放送法によるNHK制度の問題点
まずは、NHK制度を考える上で重要な5つの論点(①放送の公共性、②契約の自由、③所有と統治、④収益構造、⑤集金人制度)を洗い出しました。
- 放送の公共性
公共放送とは、民間放送や国営放送と異なり「営利を目的とせず、国家の統制からも自立して、公共の福祉のために行う放送」とされています。そのため、現在の制度上、株主やスポンサーが存在しない、視聴率によって収入が変動しないなどの理由で、民間放送よりも高い公共性を保っているものと思われます。一方で、NHK経営委員の任命権を政府が持つことから、政府の意向に沿う放送がされているという意見も存在しています。 - 契約の自由
現在の放送法では受信設備を設置した者には受信契約を結ぶ義務が規定されています。そのため、NHKの放送を見ないとしても受信設備を持っているだけで受信料を払わなければならないという、国民からの不満が生じています。 - 所有と統治
NHKには株主が存在せず、実質的に事業上のリスクを負っているのは受信料を支払っている国民です。しかし、その国民がNHKの経営権に直接関与できないため、一方的にリスクを負担させられる仕組みとなっています。NHKの体制に不満があっても基本的にどうすることもできないという不満がこれにあたります。 - 収益構造
現在のNHKの受信料制度は、収支相償の原則、つまり収入と支出はイコールであるという原則に基づいています。つまり、公共放送のためにかかった費用を、受信料として国民全員が公平に負担するという考え方です。そのため、集めた受信料が余った場合、本来的には受信料の値下げなどを通じて国民に還元されるのが原則です。しかし、受信料を値下げするとその分次の予算が減って経営が苦しくなってしまうわけですから、必然的にコストを削減するインセンティブが生じにくい体質となってしまいます。散々NHKの高コスト体質を指摘する声が多いのは、これが原因と考えられます。 - 集金人制度
現在の放送法では受信設備を設置している者との契約が義務づけられており、NHKは集金人制度により契約や回収業務を行っています。そこで、集金人からの被害が問題視されているだけでなく、集金のための多額のコストが受信料により負担されています。なお、集金コストの問題については、以下の記事で詳しく取り上げています。

これらの中で、まず最初に考えるべきなのは①放送の公共性、②契約の自由の2つだと考えられます。なぜかというと、これら論点は、公共放送のあり方という国民生活全体に影響を与えるものだからです。また、この2つは基本的にトレードオフの関係であり、両方を同時に満たすことはできないと考えています。
そのため、まずは「今の日本社会にとって、公共放送が必要か」という議論を行うべきです。これは各個人が公共放送を必要としているかどうかではなく、社会に公共放送が必要とされているか、という議論です。つまり、視聴率や広告スポンサーに左右されない現在のNHKが存在しなくなることが、社会の公益の観点から許容できるかを国民がどのように判断するかということです。
民営化でNHKをぶっ壊す
公共放送が社会にとって不要という結論になれば、NHKの完全民営化が最も合理的な解決策と考えられます。
つまり、株主のいる会社となり、他の民間放送と同じ条件下で放送事業を行うということです。NHKがどのような番組を放送するか、どのような収益構造をとるか(スクランブル放送か広告収入か)については、株主や経営者の判断に任せることになります。
民営化のメリット、デメリットは以下の通りです。
- 放送の公共性(×)
民営化した場合、視聴率や株主、スポンサーなどの利害関係者の影響を強く受けるようになるでしょう。簡単に言えば、現在の民放と同じになるということです。 - 契約の自由(〇)
契約の自由は完全に保障されることになります。 - 所有と統治(〇)
他の株式会社と同様に、会社法に基づく組織形態となります。 - 収益構造(〇)
他の株式会社と同様に利益の獲得を目的とする会社となるため、コスト意識が生じやすい収益構造となります。 - 集金人制度(〇)
スクランブル放送にするにしても広告料を取るにしても契約が義務化されませんので、集金人は不要となります。
民営化は、大きな意味ではスクランブル放送の実施と似ています。つまり、見たい人だけが見ればいいという契約の自由を尊重する考え方です。ただし、民営化をする前にスクランブル放送を実施してしまうと、一部の視聴者が事業上のリスクを負うという構造になるため、受信料が際限なく上がる負のスパイラルに陥ってしまう可能性があることは、前回の記事「NHKの正しいぶっ壊し方」第1回ースクランブル放送を実施すべきでない2つの理由で書いた通りです。
このように、公共性という点に目をつぶれば、民営化は最も理想的な解決策と言えそうです。しかし、組織形態や収益構造を大きく変化させることになるため、実現には高いハードルがあるとも言えます。特に問題になるのは、NHKの事業に収益性が見込まれなければ、引き受け手が誰も見つからないのではないかということです。
分社化でNHKをぶっ壊す
公共放送が社会にとって必要という結論になれば、NHKの分社化が最も合理的な解決策と考えられます。
これは、公共の福祉のために本当に必要なもの(報道・教育など)を公共放送として残し、それ以外(ドラマ・バラエティ・スポーツなど)を民営化するということです。
これにより、公共放送は今まで通り国民からの受信料により運営することになります。しかし、本当に必要な部分だけを残せば受信料は減らすことができますし、受信料が公共の福祉のために使われていると納得できれば、国民の一定の理解を得られるのではないでしょうか。
集金人制度に関する不満はこれだけでは解決しませんが、税収と併せて料金を回収する方法に変えることで、「集金人被害」と「きちんと払っている人の不公平感」を解消できるのではないかと考えています。
分社化のメリット・デメリットは以下の通りです。なお、民営化される部分については、基本的には完全民営化の項で説明した部分と同じですので省略します。
- 放送の公共性(〇)
公共放送として残る部分については、現在と変更ありません。 - 契約の自由(×)
公共放送として残る部分については、現在と変更ありません。こちらについては、本当に必要なものだけを残して国民の理解を得ることが唯一の解決策であると思われます。 - 所有と統治(×)
公共放送として残る部分については、現在と変更ありません。解決策としては国民が直接経営委員を選ぶということも考えられますが、コストがかかりすぎてしまうかもしれません。 - 収益構造(×)
公共放送として残る部分については、現在と変更ありません。この解決策としては、公共放送の範囲を明確にして、その範囲内で効率的に使用されているかのモニタリングを強化する仕組みづくりが考えられます。 - 集金人制度(〇)
税収と同時に回収するシステムに変更すれば、集金人は不要となります。
公共放送として残る部分は基本的に現在とあまり変わりないのですが、放送の公共性を残しつつ、国民が納得できる必要最低限のコストに抑えることができるという点が特徴です。また、完全な民営化と比較すると実現のためのハードルは相対的に低いということもできそうです。
まとめ
以上、民営化と分社化のメリット・デメリットのお話でした。ここまでの話は下の図にまとめましたので、(少し見にくいかもしれませんが)ご参考にしてください。
タイトルで「NHKの正しいぶっ壊し方」と銘打ってはいますが、何が正しいかというのは実際にやってみないと分からないというのが正直なところです。国民全員が納得する変革はあり得ませんし、何を重視するかによって結論は変わってくると思います。また、民営化がされない前提でのスクランブル放送には反対ですが、もしかしたらあっと驚くような打開策が生まれてくるかもしれません。今後NHKを巡る議論が活発になって、もっと違った「NHKのぶっ壊し方」が出てきたら面白いですね。
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